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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)125号 判決

被告人 長原一夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人豊田誠、同梨木作次郎、同吉田隆行共同名義の控訴趣意書(当審第一回公判において一部撤回)に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点、法令の適用の誤の論旨について

所論は、原判決は、原判示第一の事実について、道路交通法六六条、一一八条一項二号を適用したが、同法六六条の「薬物の影響その他の理由により正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転」することの中に「酒気を帯びて(ただし、身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあつたかどうか判然としない)正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転する」場合は含まれないと解すべきであるから、この点において原判決は法令の適用を誤つたものである、と言うのである。

道路交通法六六条は「前条に規定する場合のほか」と規定しているから、原判示の如く、「酒気を帯びて」はいるが「身体に政令で定める以上にアルコールを保有する状態」にまでは至らず(或いは、その点は確認できない)、然も右「酒気帯び」の為正常な運転ができないおそれがある状態にある者が車両等を運転した場合は、同法六六条の「薬物の影響」により、もしくは「その他の理由により」、「正常な運転ができないおそれのある状態で」車両等を運転したことに当ると解することも一応理由のあるところである。然しながら、同法の政府原案では、六五条は「何人も酒に酔い(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態にあることをいう)車両等を運転してはならない」と、又同法一一八条一項二号は「第六五条(酔つぱらい運転の禁止)又は第六六条(過労運転等の禁止)の規定に違反した者」となつていたのが、現行六五条及び昭和三九年法律九一号による改正前の同法一一八条一項二号の如く改められたのである。

政府原案が、このように修正された主たる理由は、酒酔い運転の禁止だけでは不徹底で、「酒を飲んで」自動車等を運転することをも禁止すべきであるとの一般の要望を容れ、「酒気帯び運転」が違法であることを明示したこと、及び他面において「酒を飲んで」運転することを無条件に禁止するときは取締が過酷に流れ、かえつて法律の実効が薄れることを考慮したことにある。その結果、「酒気帯び」とは「身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態」に限定され、然も、これは訓示規定に止まり、「酒酔い運転」として処罰される為には、更に、その上に「アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある状態にある」と言う要件が必要とされたのである。

ところで右政府原案によれば、飲酒による危険な運転はすべて同法六五条及び一一八条一項二号により規制しようとしたものであることが明かに看取されるのであるが、右原案を修正、施行した同法六五条及び一一八条一項二号(前記改正前のもの)、もしくは一一七条の二、一号(改正後のもの)においても、この点は同様であると解される。従つて同法六六条は飲酒による運転以外の危険な運転を禁止した規定であつて、同条の「薬物」の中には「アルコール」は含まれず、又「その他の理由」の中にも「身体に政令で定める程度に達しないアルコールを保有すること」は含まれないと解するのが相当である。同法七五条二項が「アルコール又は薬物の影響、過労、病気その他の理由により正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転することを命じ」と規定して、アルコールの影響を、薬物の影響及びその他の理由から明確に区別していることも、右解釈を支持するものである。

して見れば、原判示第一の事実について同法六六条、一一八条一項二号を適用した原判決は法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

控訴趣意第三点法令適用の誤の論旨について

所論は原判決は、原判示第二の事実の救護義務違反と報告義務違反を併合罪として処断しているが、この場合は同法七二条一項前段の救護義務違反の一罪のみが成立すると主張する。

然し右の場合原判示の如く併合罪が成立することは所論引用の最高裁判所判決の明示する通りであるから、原判決に、この点について法令の適用の誤はなく、論旨は採用できない。

なお控訴趣意第二点、審判の請求を受けない事件について判決をした違法の論旨は、原判示第一の事実について道路交通法六六条の適用があることを前提としてのそれであるが、前記の如く、この点について原判決は法令の適用を誤つており、同条の適用はないのであるから、右論旨及び控訴趣意第四点、量刑不当の論旨についての判断は省略し、刑訴法三八〇条、三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当審において更に判決する。

原審の認めた罪となるべき事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一の業務上過失傷害の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条、三条に、原判示第二の所為中救護義務違反の点は道路交通法七二条一項前段、一一七条、罰金等臨時措置法二条に、報告義務違反の点は道路交通法七二条一項後段、一一九条一項一〇号、罰金等臨時措置法二条に、原判示第三の所為は道路交通法六八条、二二条一項、一一八条一項三号、昭和四〇年政令二五八号による改正前の同法施行令一一条三号、罰金等臨時措置法二条に当るのであるが、原判示第一の所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により最も重い松井とめに対する罪の刑に従い、所定刑中禁錮刑を、原判示第二、第三の罪についてはいずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第二の救護義務違反の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役五月に処する。

ところで、被告人は酒に酔つて自動車を運転し、その結果原判示第一の事故を引き起したものであり、然も、いわゆる轢き逃げをしていること、その後更に原判示第三の罪を犯していることを考えると、被告人の罪責は決して軽くはない。然しながら、他面において被告人が酒に酔つて自動車を運転したのは雇主に誘われて飲み屋を廻つた挙句、右雇主を、その自宅にまで送つた帰途であつて、被告人の雇主の態度にも若年の被告人を本件事故に追い込んだについて責めらるべき点があること、原判示第三の所為は、被告人が東京から富山まで新車を陸送中他の新車の運転者二名がスピードを出し過ぎたのでこれを制止するため先頭に出た際自らも速度違反を犯したもので、それ程悪質な事犯とも認められないこと、被告人は定時制高校を優秀な成績で卒業した故を以て賞を受けたこともあり、昭和三九年三月父死亡後は若年ながら一家の主柱として家業の農業のかたわら自動車修理工として家計を支えていること、原判示第一の事実については幸い傷害の程度も軽く、すでにいずれも全治し、被害者に見舞金等を支払つて、その宥恕を得ていること、以上の情状に鑑みると、被告人に対しては、ただちに実刑を科することなく、この度はその執行を猶予するのが相当であると認められるので、刑法二五条一項により本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

なお本件公訴事実中、昭和四〇年六月一五日附起訴状記載の公訴事実第一の内、酒気帯び運転の点は前記の如く罪とならないのであるが、右は右公訴事実中の業務上過失傷害の所為と観念的競合の関係にあるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

以上の理由により主文の通り判決する。

(裁判官 小山市次 斉藤寿 高橋正之)

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